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<No.63>築地市場の生殺しを見て見ぬ振りをする都民

【その1】
築地市場移転が突然問題化されて・・・・

  • 小池都知事が築地市場の豊洲移転延期を宣言して約半年が過ぎた。この間多くのドラマが展開されてきたが、メディア出身の同知事のパフォーマンスの華麗さに都民も国民も翻弄されてその人気は衰える処を知らない。千代田区長選での大勝利を皮切りに7月の都議会議員選挙では都議会自民党を蹴落とし、小池与党を過半数獲得する意気込みで各党派からも人気便乗を目指す議員が後を絶たない。
  • 民主主義政治は多数の支持者の意向を平和的に実現することが基本であるから、その意味では何の問題もないし、これからも信念に基き都民ファーストをスローガンに都政の大改革へと驀進することだろう。そしてこれを支持する80%の都民も大いに満足し拍手喝さいを送り続け、一方これに反対する人達は罵倒され悪者として非難されるだろう。
  • 確かに小池以前の都知事の資質や性格、政策等でいささか疑問符の付く人もいたが、政治はすべてきれい事では済まされない問題がたくさんある。何れの知事も多くの都民の支持を得て選挙で当選した後は、公約の実現に向けて仕事に励んで来たのだから、何でもコンプライアンス順守とか、マスコミが取り上げる些細な事件に無駄なエネルギーを使わねばならない現状に私は大いに疑問を感じている。

魚食ビジネス縮小傾向への危機感

  • 日本は長いこと世界1の魚食民族であった。1980年代がそのピークで漁獲量は1000万トンを大きく超え世界の1割以上を確保し、日本の食糧では珍しい自給自足の状況にあった。しかし世界の経済発展、魚の健康食品としての価値、生魚の鮮度保持技術の発展、狂牛病による肉離れ等が重なり、蛋白源は日本以外の国では魚にシフトされてきた。現状世界の肉の生産量は豚、牛、鶏合計で2.4億トンに対し魚は2億トンに迫っている。天然の魚は乱獲もあって1億トンに止まっているが、この間、鮭、海老、鯉、ティラピア、など養殖魚の生産が増え続け天然魚と肩を並べるまでになった。まるで隔世の感がある。
  • 一方日本は世界とは逆の動きで漁獲量は最盛期から半減し、世界1となって久しい中国の10分の1、南米諸国等の後塵も拝しとても漁業先進国と胸を晴れない状況である。消費の方も2割方減少しているが、不足分は海外からの輸入で補い魚料理の多彩さもあってそれほど大きな落ち込みはないが、自給自足にはほど遠い状況に陥っている。
  • また魚の流通面を見ると、取扱高は1980年代にはすでに減少傾向になっており平成になってからは更に減少傾向が加速し、取引に制限の多い卸売市場制度の見直しが何度も行われてきたが、近年は根本問題として、戦中戦後の食糧不足に対応する食料の平等な分配という考え方が根底にある卸売市場制度は、今の供給過剰の状況で国が維持すべき課題なのかという点が問題視され、過去20年間ほど試行錯誤を経てきた。
  • 近年のアベノミクスの目玉として農業の流通改革の本命の全農改革に合わせて、卸売市場も国が生鮮食品の安定供給に責任を持つ卸売市場制度を止めて民間に完全に委譲することに決定した。実際には実態を勘案しながらかなりの長時間と資金をかけて実現する事になろうが、こうした政策は国家としての基本方針の変更であり民間も痛みを分かち合いながら方針に沿った努力をすべきであろう。
  • すでに地方の卸売市場は中央市場から地方市場へ更には民間市場への動きが加速しており、物流の効率化や広域ネットワーク化、冷凍冷蔵技術の進展、市場独自の情報化等新しい取り組みがとっくに始まっている。紆余曲折20年、ようやくまとまった豊洲移転で再スタートのはずだった
  • 築地市場でもこうした動きはあるが、建物が築80年と古く、また配置が貨車と船で全国から届いた荷物を建物の扇形配置の頂上部分に下ろし、セリ入札を経て仲卸の店舗から扇の要の場所に買出人が荷車や籠で運び出す構造では、現在の車中心の社会に対応できず効率的な流通が困難である。この解決のためには借越しの場所が近くにないので現地で仕事をしながら再整備するか、適当な場所に移転するしか方法はない。これについては2017-10-1日付で詳述したので割愛するが、4000億円かけて再整備を試みたが1996年に着工1年で商売に多大な影響が出て再整備は無理と判断され、200億円の駐車場を除く200億円が無駄になってしまった。

経済合理性も十分考えられていたのに・・・

  • その後の移転問題の混迷時に東京ガスの豊洲工場跡地が売りに出されている事がわかり、最後のチャンスと思って東京都も必死で購入交渉をしたのは想像に難くない。なぜなら
  • すでにかなりの部分はマンション建設等に売却が決まっていたのだから。購入した後で石炭ガラの有機物で土壌汚染の可能性がある事がわかっても売主に強い事が言えなかったのは当然であり、ここに変な密約など入り込む余地はない。実際に都としてはその後石炭ガラが2mしか積もってなかった場所を4.5メートルも深く掘って土の入れ替えをやり、さらに十分な対策も実行したのでほぼ万全と思っても何の不思議はない。
  • そもそも豊洲は築地と比べ地価は当時3分の1であり、膨大とも思える土入れ替え作業費用をかけても十分おつりが来るのであり、すでに代金も支払い済みだ。一方築地の地価はオリンピック需要が重なり未だに上昇している。故に昨年117日に予定通り移転を完了しておればオリンピック道路も十分間に合い、また築地市場の地下にある米軍が使用し引き上げ時に埋めたとされるクリーニングの廃液の取り出し作業もでき、市場関係者は将来の市場取引の繁栄のために、そして豊洲の住民は新しい都市空間ができて、すべてウィンウィンのハッピーな第1歩を踏み出せたのであり、ましてや築地市場の耐震化工事などの無駄な費用等話題にすら上らなかった事である

安全安心の混同の末に・・・

  • しかし小池知事の登場で事態は180度変わった。今や豊洲を建設したすべての関係者は悪人となった。上記事情を考慮しつつ懸命に努力しやっと完成した豊洲市場は、ちょっと振動があれば壊れそうな建物であり、水俣病のような汚い水が湧きでる場所であり、諸悪の巣窟と烙印を押されてしまった。そして築地市場の関係者は都の仕打ちに翻弄され生殺しの試練に見舞われている。
  • 以前に民主党政権が誕生した時に「八場ダムの建設工事の中止」を宣言して拍手喝采を浴びたが、過去の事情が明らかになるにつれこのまま工事継続する方が良いことになった。よく事情を知らずに人気取りだけで大きな決断をすると、大きな混乱を引き起こし解決が難しくなる良い例だと思う。
  • 先日の組合執行部の選挙で築地市場仲卸組合は市場移転反対派が多数を占めた。それは上記の理由ではなく、赤字経営でこれ以上移転費用と市場使用料の値上げに耐えられないからである。石原元知事が先日の記者会見で「小池知事は安全と安心を混同している」と語ったが、その後の定例都議会で知事は「豊洲市場の建物の安全基準は正式にクリアしたが、都民の不安は消えないので現在の安全基準の何倍もの強化対策を実施する」と述べたそうだが、ほとんど取るに足りない問題や移転してからでも十分対応できる事を、これだけ不安を掻き立て、新市場の価値を貶め、税金を浪費することになったのは誰の所為なのか。政治家には経済性ということは全く頭にないのか。
  • そしてこの状況を増幅させたもう一つの要因にマスコミの豊洲市場に対する一方的ともいえる悪宣伝が背景にある。移転延期決定の前後2か月くらいは、連日新聞やテレビSNSなどで事実をよく調べもせず、3面記事のように面白おかしく素人やエセ専門家の発言を垂れ流し、建設関係者の弁明はほとんど片隅に追いやり一方的に悪者扱いにして来た事は、自らが主張する報道の自由の原則にもとる行為であり、今後真実が明らかになった折にはそれなりの対応を執って欲しいものである。

年間100億円以上の都税ムダ遣い発生、6000億円の市場価値が無価値に・・・

  • 豊洲移転の延期により築地市場関係者はその後も都民の食卓を守るために、宙ぶらりんの不安な状態でも黙々と働いているが、継続的に業績が落ち込んで行く現状を打破するための豊洲移転を目前にして、都民の目線でとか、地下水の水質検査とか、建物の異常な設計等々理解に苦しむ問題提起により状況は泥沼化してしまった。
  • 3月の定例都議会で豊洲問題が大きな焦点となり、知事が移転延期を決める根拠となった地下水汚染や建物の安全性などで、新市場の正当性が徐々に明白になって来たようだが、この間にも移転延期の補償金という都税が毎日2000万円~3000万円(年間100億円以上)無駄使いされている事はご承知のとおりである。下手をすれば豊洲へ投じられた6000億円が無価値の状態にもなりかねない。そしてこれを支援する80%の都民は築地市場関係者の生殺し状況に見て見ぬふりをし、途方もない無駄使いに協力しているという事実を十分認識して欲しい。

【その2】

会長メッセージその後の情勢

  • 豊洲市場建設が正当且つ安全な事が都の専門家により科学的に証明された。
  • 昨年9月の移転延期決定の大きな論拠となっていた2点について。
  1. 建物の地下空間に盛り土がない事や建物の安全性の問題:豊洲市場の建物は建築基本法上問題ないとして、去る12月に「検査済証」が公布された。
  2. 豊洲地下水の検査結果とその評価
  • 先日の都の専門家会議で「環境基準は飲み水の指標であり、豊洲市場では地下水を飲み水や洗浄用には使わない。敷地もコンクリートに覆われており、また建物地下空間の床面がコンクリートまたは厚さ50cmの砕石層になっていることから、土壌汚染対策法の基準を満たしており安全性に問題はない」と結論付けた。卸売市場を管轄する農水省も同意している。移転延期の論拠がおひざ元から完全に覆された訳である。
  • 更に都議会に設置された百条委員会では、東京ガスと都の土地売買契約当時の経緯をよく調べもせず一方的におかしな密約があると色眼鏡をかけて質問しているが、関係者の証言通り当時の築地市場の状況からすれば買い手の都側に弱みがあったのは当然で、相手が開発計画の進行を盾に売却を断られたら築地市場は将来の目途が立たず、更に衰退の一途をたどっていたに違いない。密約などあり得ないと考えるのが当時の状況を熟知している関係者からすれば当然過ぎる事で、何度証人喚問しても時間の無駄である。
  • 3月定例都議会では議員から築地市場の建物の耐震性の問題や、米軍が使用時のクリーニング廃液、更には豊洲市場との安全性の比較を問われ小池知事としてはどちらにも結論が出せずいたずらに時間が経過し、築地市場の人達は生殺し状態、この世の地獄を味わっている(因みにこの状況は内閣官房参与の藤井聡氏が9月発表の下記の論文:
  • 認知的不協和理論という心理学で予測されていたが、恐ろしいほど当たっている)。
    http://www.mag2.com/p/money/23270
  • こんな事が平和な日本で公権力の下に平然と行われるなどあってはならないことだ。それでも小池知事は自説をかえず、マスコミは垂れ流し。しかし世論には意識変化が見られ始めている。
  • しかし豊洲市場建設の正当性が科学的に証明され、移転延期の論拠が失われても、小池知事は「都民の不安が消えない限り基準値の何倍も厳しい基準で対策を行う」と答弁し、マスコミもそれが当然であるかのように情報をたれ流しているが、民間には少しずつ意識変化が起きている。
  • 朝日新聞が217~18日に実施した世論調査で豊洲移転に賛成は29%、移転反対は43%であった結果が、31719日の日本テレビの結果では賛成31%、反対25%に逆転した。この間に上記の科学的な調査結果が報道された事が影響しているようだ。
  • マスコミでも324日付日経紙で、産業技術総合研究所の環境リスク評価が専門の中西準子名誉フェローが豊洲市場の水質の安全性を強調し、地下水の水質をやり玉に挙げて風評被害を煽った小池知事のやり方を糾弾している。当然のことだが、マスコミ出身の知事にも拘わらずすでに反論が堂々と掲載され始めている。
  • (以下は、中西名誉フェローの38日付豊洲への早期移転が望ましい理由の記事で前述の日経紙での報道はこれが発展したものである。)
    http://agora-web.jp/archives/2024839-2.html
  • そもそも移転延期という重大問題は、卸売市場法では「卸売市場審議会」で有識者や都議会議員、業界関係者等が集まり審議し結論を出して、その結果を都役人が実行するルールになっている。小池知事は口ではルールを守れといいながら自らはルールを無視し「都民ファースト」のスローガンで勝手な行動をし、多くの被害者と膨大は税金の浪費を続けている。また庁内では「wise spending」と称して予算の使い方にメリハリを強調しているそうだが、自分で毎日2000万円以上の補償金等の垂れ流しを行っていて、誰がまともに言うことを聞くのか。毎日2000万円の都税無駄使い、風評被害もあいまって、この責任をどう取るのか。
  • 更に移転判断について戦略本部を設置し、「市場の業界団体や消費者団体からのヒヤリングの他、物流や経済の変化も踏まえた卸売市場の経済性についても議論する」とのことだが、これも立場が苦しくなった逃げ道作りだろう。そんな事は農水省が20年も前から検討を続けてきたことで、その方針に基づいて都としてやるべきことをやらなければならない。
  • 豊洲卸売市場棟や水質汚染問題を移転直前になってクレームを付ければ、膨大な経済的損失と業界および市民の関係者に迷惑をかける事は自明の理であったはずである。
  • それにも拘らず小池知事は移転を延期し、現状でも更に議論が必要だとしているからには、移転問題について知事なりによほどの自信があるに違いない。出来上がった豊洲市場にクレームを付けるのであれば、それを遥かに凌ぐ新市場建設の場所、建設方法、環境アセス、水質、資金等を知事はいかにして実現する計画なのか、戦略本部の会議で明らかにして欲しい。さらに築地市場の現状も十分理解したうえで比較検討しなければ正しい結論は得られない。
  • いまや豊洲新市場への風評被害は甚大で、同様に築地市場も実態をさらけ出して信用は地に落ちてしまった。これでは小池知事が安全宣言を出したくらいでは信用回復などとても無理な相談である。現在、都自民党が豊洲移転の早期実現を唱え知事に迫っているが、他党も他人事ではないはずだ。対案も示せず小池知事の人気に便乗するのでは築地市場関係者の生殺しに加担しているのと同じだ。さらにマスコミも事態を泥沼化させた責任を大いに感じてその打開に手を差し伸べるべきだ。
  • 小池知事が衆議院議員の時、環境大臣、防衛大臣をそつなくこなし、女性の活躍が望まれる今日の日本で最初の女性総理は小池氏の可能性が高いとの意見も聞かれたが、今回の移転騒動やオリンピックの横やり行動を見ていて本当にがっかりした。