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<No.55>長生きリスク

長生きリスクを考える

  • 日本人の平均寿命が世界一とはいえ、この年(72歳)になるとさすがに同級生や親族の訃報、死に至る病の情報が増えて来る。現役時代には職場の人達や親族、取引先の関係者の訃報にはできるだけ不義理せず、1年に100回近く弔問や葬儀に出むいたものだが、どこか他人事で一過性の悲しみに終わっていたように思う。
  • 自分の両親が20年以上前に亡くなった時には、もはや人生に頼れる物は無くなり子供や関係者の事を考えると自らの責任の重さをひしひしと感じたものだ。近年、兄と姉が今時の平均寿命よりかなり早く他界したが、まあ歳の順だからと無理やり納得してきた。
  • しかし自分も同じ人生の終末を迎えた現在、その影響は今までとは違って来た。もう10年前になるが58歳で家内に先立たれた時のショックは、過去に経験のないほど大きかった。その後しばらくしてお遍路や書道などに励み、寂しさを紛らわしてきたが、生きる気持ちをもち続けられたのは、子供たちが傍にいた事が一番大きかったように思う。最近奥さんに先立たれる人が周辺に多いが、これから自分と同じつらさを背負って生活することを思うと他人ごとでは済まされない。
  • 人は生まれると、寿命に長短はあっても必ず死ぬものだから、歳を重ねればおのずと死ぬことに覚悟は備わって来るだろうし、それに恐怖を感じるなら宗教に帰依する方法もある。しかし死に方については必ずしも病気で布団の上で安らかに死ねるとは限らない。殺人事件、事故死、自殺、等で亡くなった場合は死んだ本人は当然のこと、周りの遺族や関係者もその影響は甚大なものがあるだろう。
  • よく我々年寄りは死ぬ時は“ぴんぴんころり”が理想だと言う人が多いが、それなら死ぬことを前提に死後の事を関係者にきちんと話しておく必要がある。逆に病気の長期療養で10年も20年も患うことはつらいものだが、本人より周りの人が大変で、若い力をその介護のために無駄使いする事にもなりかねない。また老々介護がますます増えて来る高齢化社会では悲惨な死に方がさらに増えて来るだろう。

延命治療の功罪

  • 私は最近寿命を延ばす医学医療の研究は止めるべきだと思っている。また70歳を過ぎたら尊厳死や安楽死、延命治療の中止をもっと患者の希望に沿ってかなえる態勢を整えてほしい。医療技術や薬の開発は若い人や働き盛りの人、機能障害を持つ人などの改善を促す目的のためなら大いに頑張ってほしいし、医療保険制度もそのような患者の治療費の援助や、高い医療技術を持つ医者に優遇措置を取るべきと思っている。
  • 最近硬い食物を強く噛んだ時に歯が割れて治療を受けたが、3回で終わる治療に約2カ月を要した。とにかく患者が多くて早期の治療ができないそうである。またその費用がわずか1800円。老人は1割負担だから実際は18000円かかっている訳だが、非常に安く感じた。これでは医療天国もいいところで、医療保険が大赤字になるのは当然だ。
  • 医療費の大半は高齢者が使っているわけだが、病気の内容は自己管理をきちんとすれば医者にかからなくても済む人も多いようだ。飲み会に出かけると必ずと言っていいほど病気の話題が中心になる。中には医者顔負けの病気に詳しい人もいるが、その病気を克服するための日常の節制、努力をしている人は意外に少ない。
  • 生活習慣病などは酒やたばこをやめるだけでもずいぶん効果があるのに、その誘惑を断ち切れずに飲み続ける人の何と多いことか。逆にそうした不摂生を止め、適度の運動とストレス解消に努め、医者や薬の世話にならず、しかも毎年何十万円も医療介護保険料を払い続けている人がいる事に少しは思いを馳せて欲しいものだ。日本国憲法が掲げている平和国家の希求、基本的人権の保障、高度福祉国家の実現など世界にこれほど素晴らしい理想を掲げしかも70年も変わらない憲法は、古今東西において例がない。
  • しかしその一方で1000兆円もの国家財政の赤字を累積し、今後も更なる高齢化で社会保障費用はますます膨らみ、同時に少子化で若い労働力が減少してゆく中で、高度成長期のように新しい富を生み出す施策を実行せずにどうして現在の老人天国を維持していけるのか。どの年金保険も80歳を過ぎた人は年金収入は0で、支出のみが続いていくと言うシステムだから「長生きそのものがリスク」と言う現実を直視して、長生きしたければ少なくとも周りに迷惑をかけない生き方を心がける事が我々老人の最低の義務だと思う。
  • 先日「NHKスペシャル」で30年後の人間の寿命と生活環境を描いた番組を見てびっくりした。平均寿命は100歳を超え、しかも医療技術の発展で人間の細胞はいつまでも瑞々しく、頭もボケず、体力は若い時とそれほど変わらない。また再生医療の進歩で体の失われた部分は復活し、遺伝子絡みの異常体質も遺伝子組み換え技術などで完全に正常状態に戻るという。
  • 一方ロボット技術の向上で重い物や危険な個所はすべてロボットに肩代わり、3Dプリンターや壁掛けテレビなど家庭内の機器や生活環境は比較にならないほどハイレベルになり、また超音速飛行機やドローンの普及などインフラや社会環境も激変するとの夢がちりばめられていた。
  • おそらく実現する技術はかなりあると思うが、それが投入されていく過程の30年間に、きちんとしたルールができなければ社会は大混乱するだろう。例えば90歳くらいまで現役で働き続ける事になるとすれば、そのための諸制度をどう変えていくのか。
  • 今の老人にはそんな社会に馴染めないと思うが、我々の孫やひ孫の働く時代はそれが当たり前になって高度福祉社会の恩恵をフルに受け続けられるなら大いに喜ばしいと事だ。しかし一方で地球環境が激変して(例えば気温の上昇で海面が上昇、動植物の生息状況の変動など)現状のままでは人が生活しづらい環境になっていく事も大いに考えられる。
  • 長生きすれば、そんな未来が少しは見えるかもしれない。