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<No.54>ピケティの「21世紀の資本」を読んで

データに基づいた分析と今後の道筋を分かりやすく提示した経済学書

  • この本が昨年あたりから日本でも話題になっている事を聞いていたが、原書は700ページで6000円の大著のため、年老いた頭ではとても読みこなせないと思い、要約本を何冊か読んでみた。
  • 私は20世紀の末頃から世界経済がかつてのような動きとは変化してきた原因や、将来の展望が見えないまま今日まで過ごしてきたが、この本を読んで個人的な疑問がかなり解消できた感じがする。読後感を率直に述べると、世界経済を長期にわたり、グローバルにデータを収集整理した結果に基づき、過去の経済の変遷と現状を説明し、且つこれからの世界経済のあるべき姿、そこへの道筋対策をわかりやすく述べていると言う点で、近年の経済学書の中ではハイレベルな大作だと思う。
  • 私たちの世代は戦中、戦後のどさくさに生まれ育ち、戦災からの復興活動に追われ、一段落の後は高度成長経済を経てオイルショックに襲われ、安定成長に移行し、更には平成の長期デフレ不況を経験してきた。
  • 一方世界的には共産主義の台頭による米ソを中心とした東西冷戦、核戦争の恐怖や宇宙開発競争などを経て1990年代にはソ連東欧の共産圏が崩壊し、アメリカ1強時代の到来と思いきや、同時多発テロ事件とそれに続くアフガン、イラクなどテロ報復戦争で国力が疲弊し、他方BRICSを中心に新興諸国が力を付け、世界はあらゆる面でグローバル化されてきた。

アベノミクス批判について

  • 金融の世界でも日本は戦後のハイパーインフレの時代を過ぎて次第に経済力を付け、昭和の終わりころにはアメリカに次いで世界第2位の経済大国になったが、その後のデフレによる平成不況が長引き、今では経済的地位は10位以下に転落してしまった。
  • リーマンショックによる世界的不況が輪をかけたが、その後も円高を放置するなど、国力の疲弊が著しくなった。小泉内閣による構造改革で多少の改善はみられたがその後の自民、民主の1年おきの首相の交代でまともな政策が実行されず、やっと第二次安倍内閣で本格的なアベノミクス経済を打ち出し実行し始めて、これで日本の経済の先行きは明るくなると確信できた。
  • 昨年4月の消費税率3%アップと2%インフレ政策で物価上昇が先行し、金融関係者や富裕層では恩恵を享受しているものの、消費の60%以上を占める労働者の賃金上昇が未だ不十分な事、地方へは恩恵が及んでいないこと、経営者の国内の新規投資への対応が依然及び腰である事などからアベノミクスへの評価があまり高くないのが現状である。
  • この政策には色々な批判が国会やマスメディアでも繰り広げられているが、いずれも部分的な批判や感情論にとどまり、自分なら日本全体の構造改革、経済活性化にどのような政策をどのように実現するのかと言うという点について、注目すべき提案は全くゼロにひとしい。かつて民主党が3年間に3人の内閣で色々やってみたが、ほとんど成果をあげるどころか、逆に多くの失政が政治不信に輪をかけた感が強い。それは野田内閣後の2回の総選挙で自公政権が圧勝した事でも明白である。
  • 今でも私は経済学的には、アダムスミスの国富論の流れをくむ新自由主義経済学派の「経済活動は市場に任せ国家の介入は最小限にとどめる」と言う考え方を支持している。なぜなら経済は人間活動そのものであり、生き生きとした活動こそが経済を活性化し成長し生活を豊かにする。そして多少のインフレはそのマインドを助長する役割を果たすと信じているからである。
  • 一方デフレはそのマインドを逆なでし、積極的には何もしない、一所懸命働いてもそうでなくても成果配分はみんな平等であることを当然とする。(共産圏諸国が崩壊する間際の状況に酷似する)結果的に国や個人の借金が増えて首が回らなくなり、ついにはハイパーインフレで生活も何もが目茶目茶になることを危惧するからである。
  • そうはいっても日銀による270兆円もの国債や他債権の購入による超金融緩和政策にも大いに疑問はあるが、これだけお金をばらまいても数十年前のように急激なインフレ処かデフレが中々正常化しないとか、ユーロ圏ではマイナス金利が発生しているなど従来の学説ではありえない事態が現実に進行している。
  • これに対しピケティは主として20、21世紀の世界経済を、データを徹底的に収集整理分析し、その結論として資本を持つ人たちの処にますます富が集中するのが資本主義経済の本質であり、放っておけばどこの国でも中間層が1部の富裕層と多数の貧困層に分かれ経済格差がますます拡大すると言う。これは嘗てマルクス経済学が述べていた労働者の相対的窮乏論と共通している。(著者はマルクス経済学には興味がないと言っているようだ)
  • また従来の富裕層は土地建物機械など実物資本の所有者が多かったが、近年は高い教育を受けた人々が富裕層を形成しつつある。これはリーマンショックの前後に金融関係者が好き勝手な行動で大失敗しても莫大な退職金などを得ていた事でも理解できる。だから富裕層からは高額な税金を取って再分配すべきことが各国政府の責任であると主張する。
  • これは荒唐無稽な発想ではなく第一次大戦から第2時大戦後のしばらくの間は、日本を含む西欧先進国では80%を超える高い税率が課されていた事実を前提にした提案である。ただ現在は金融がグローバル化したため、この政策を早急に実施すると富裕層はタックスヘブンの地域にお金を逃避させるので、各国が緊密に連携しないと実現が難しい課題であるとも述べている。
  • この主張は、過去100年以上のデータの収集と分析が根底にあるだけに、近年の数理経済学と言われる数字による現状分析が中心の経済学に比べて大いに傾聴すべきものがあり、久しぶりにアベノミクスに対するまともな反論をつきつけられた感じである。
  • 国会の論戦も国の行く末を左右するこうした議論を予算委員会などで堂々と渡り合って欲しい。特に民主党は党のあり方としても国家の役割を重視するフランスのオランド政権に近いので、その経済政策のバックボーンであるピケティ理論を参考にして、アベノミクスへの反論と新政策を展開してほしい。