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<No.46>山中教授のノーベル賞受賞に思うこと

  • 「春は桜」が日本国の常識だが、今年は異常に早く開花して4月初めには散ってしまうようだ。2月のまだ寒い時期に気象庁は「今年の関東地方の桜の開花は昨年並みの3月27~28日」と見通しを発表したが、なぜ2週間も狂ったのか。後付けの理由は上手だが、スーパーコンピューターを駆使している割には精度が低い。
  • まあ年頭に発表している大企業のトップや超一流経済評論家の「今年の株式と為替の予測」が、たった3カ月でこれほど大外れしているのを見ると、科学がいくら進歩しても大事な決断は人には頼れないと言う事をしみじみ感じる。
  • さはさりながら経済とともに、この高齢化社会のもう一方の旗手である医学の進歩には目を見張るものがあり、更に近年再生医療が著しく発展しその実用化が目前に迫ってきた。
  • 昨年のノーベル医学生理学賞は、25年ぶりに利根川教授以来日本人では2人目の山中京都大学教授と、イギリスのガードン博士に授与された。受賞理由は「成熟細胞が初期化し、多能性機能を持つ事を発見しiPS細胞を生みだした事」である。
  • 7年前にこの研究成果が発表された時に、これは多くの病気を抱えて苦労している人達に画期的な治療法を提供する事になると思ったものだ。例えば事故で指が無くなってもその指が生えてくるとか、神経が傷ついて体に麻痺が生じても神経細胞を再生して元の健康な状態に戻るなど、夢のような治療が可能になるとは何とも素晴らしい。
  • 患者本人のみならず、家族や関係者の心労や費用負担も大幅に減って、何より将来に明るい希望が持てるようになる事が有意義であり、一刻も早い臨床試験と最前線での治療への適用が期待される。
  • 細胞を初期化(分裂を始める前の状態)するのにわずか4個の遺伝子を使って簡単にiPS細胞を造れるようになり、これを体の必要な場所に入れると自然にその場所の細胞がどんどん増えて正常な状態になると言う。夢みたいな話だ。
  • すでに応用研究が世界でも活発になっているのは喜ばしい事だが、これを可能にした山中教授の今日までの生様をいろんな情報で調べてみると、やはり多くのドラマが隠されている。
  • 教授の経歴からすると決して華々しいキャリアの持ち主とは言えない。わが下関西高の卒業生の中にもごく普通に存在する人である。最初は患者と接する医者になりたかったが、治療技術が未熟で仕方なく基礎研究に転身したとか、すでに動物実験では細胞の初期化は実現していたけれど、人間にも適用が可能か、又なぜ初期化が起きるのかについては全く分からず、世界的に研究開発が過熱している中で先の見通しもないまま、果敢に挑戦し一生をかけて取り組むという姿勢には学ぶべき点が多い。
  • 会話にはユーモアがあり、家族思いで奥様の要望にはきちんと対応し、マラソンもこなすという。受賞のニュースに素直に喜び、公式会見では奥様と同席で気軽にしゃべっている様子など、実に器の大きい人のように感じる。授賞式後は「もうメダルは封印して研究に気持ちを切り替える」という。実に立派な態度だと思う。
  • 何十年か前に胚性幹細胞(受精卵)を使って羊の「ドリー」が誕生したニュースを聞いた時、この技術をもし人間に応用したらコピー人間が誕生して、空恐ろしい事になると真剣に議論が巻き起こり、当然コピー人間の研究は厳しく制限された。
  • iPS細胞はその延長線上にあるものの、人の受精卵を壊して他人の核と取り替えて必要な細胞を新たに造るような方法ではなく、人のごく普通の細胞をわずか4個の遺伝子で遺伝情報を初期化する(受精卵に近い状態に戻す)と言う画期的な方法であるため、倫理問題とは無縁である。
  • 今後は初期化された細胞を200種類もある体の諸器官に正常に分化させるプロセスの解明が必要で、それには様々のタンパク質が関与しているようだが、実用化が広く普及するまでにはまだまだ多くの困難と時間がかかりそうだ。当然多額の開発費用や優秀な人材の投入も必要だが、すでに目の網膜治療(先日理化学研究所から加齢黄はん変性の治療に世界初の臨床実験の申請がなされた)や脳神経の再生などの臨床試験でかなりの結果が出ていると言われ、その他さまざまな分野でも研究開発が急速に進んでいるのは心強い。
  • 遺伝子の異常で生まれながらの重い病を背負っている人にも、体の一部を失った人にも、年をとって細胞が古くなってQOLが著しく悪くなってきた人達にとっても、iPS細胞の応用研究はこの上ない朗報だ。また創薬の開発時間の短縮にもつながり、更に医療費の削減効果も出てくるだろう。
  • 日本でノーベル賞を2度受賞した人はまだいないが、世界ではあのキュリー夫人など数名いるそうだ。これから応用研究が進むにつれて再生医療の画期的な進歩が見込まれ、山中教授がその貢献度の高さから将来再び受賞する事も十分考えられる。
  • バブル崩壊後20年以上を無為に過ごして、嘗てはアメリカに次いで世界の2番手を誇っていた経済力も、今では先進国から並みの国になり下がった日本としては、アベノミクス効果による経済の復興再生とともに、医学の面でも久しぶりの大きな成果が見込める事業であり、国を挙げてこの研究開発に力を注いで日本人としての自信を取り戻したいものである。