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<No.45>今年は宇宙の話題の当たり年(後編)

  • 去る2月15日にロシア中部のチェリャビンスク州に、直径17m重さ1万トンの隕石が爆発落下し1100人を超える負傷者と4500棟の建物が被害を受けたようだ。そして翌日には、45m13万トンもの小天体が地球の直径のわずか2倍27700kmの空間を猛スピードで通り抜けて行ったとのこと。
  • もし少しコースがずれて東京に直撃していたら、東日本大震災を遥かに上回る大災害になっていたと思うとぞっとする。宇宙の話題はこれからもどんどん出てきそうなので、昨年10月に掲載した会長メッセージの後篇部分を番外編でお送りしたい。

その2:火星探査機「キュリオシティ」の成功

  • 2012年8月5日に多くの使命を担った火星探査機「キュリオシティ」が、8ヶ月半の旅を終えて計画通り火星に無事着陸した。アメリカは1976年の「バイキング」の初成功後も多くの失敗を重ねながら技術のレベルアップ、知識経験を積重ねて、すでに今までに「マーズパスファインダー」「スピリット」「オポチュニティ」などを成功させ、火星の鮮明な画像を送って来たり、過去に水が火星の表面に存在した証拠も発見した。
  • 今回のミッションとして1.生命の探査 2.海が消失した理由の解明 3.2030年後半に有人宇宙船の火星着陸成功のための調査を担っていると言う。
  • 5.7億kmも離れた天体に無事到達するだけでも大変な事だと思うが、火星の大気圏に突入し、宇宙船から切り離し、着陸間際に900kgもある探査車をクレーンのように吊りさげソフトランディングさせる技術は、まったく驚異であり素晴らしい。
  • これからどのようなデータを送って来るのか楽しみだが、その昔火星人はタコのお化けのような形をしているとか、赤い火星の表面にある何本もの筋は火星人の掘った運河だとまじめに議論されていたのが夢のようだ。
  • 今では地中に微生物程度の生命体が生存していてもおかしくないと思うし、異なる地層の接点の土を解析すると、海が消失した理由もほぼ解明されるとのこと。また長期間の有人宇宙飛行はすでに多くの実績が積まれているが、エネルギー補給や食料の確保、有害紫外線対策などなど問題は山積だ。
  • しかし1969年のアポロ11号による有人月面着陸成功を思い出せば、火星有人探査も決して夢物語ではないだろう。
  • それより私はアポロ11号の9カ月後にアポロ13号の飛行中に事故が発生し、困難を乗り越え帰還計画を成功させた事の方が意義深いように思う。
  • 実は私は、尊い人命を失った事故について、アメリカのチャレンジャー号の発射直後の爆発事故やロシアのソユーズの事故などは記憶しているが、アポロ13号についてはほとんど記憶にない。今回NHK-BSの「コズミック フロント」と言う番組で詳細を知ったのだが、アポロ13号のストーリーをかいつまんで述べると、
  • 3人の飛行士を乗せた宇宙船は順調に飛行し、32万km(月までは38万km)まで来た所で2系列ある発電装置の1系列が突然爆発を起こし,そのままでは電力不足で月面着陸はおろか地球への帰還も危ぶまれる状態になった。そこで急遽計画を変更し残り2時間分の電力を有効に使いながら、地上の管制センターのメンバーと宇宙飛行士とが緊密な連絡を取りつつ想定外の困難を乗り越え、奇跡の生還を果たすという話だ。
  • 爆発の原因は燃料電池に溜める電力の発電用の水素と酸素を入れたケースのボルトの締め方が緩んでいたため、燃料を混ぜるときに不具合が起き爆発したそうだが、NASAでは事故が発生した場合、対策として ①時間を稼げる方法を選ぶ ②後の選択肢の多い方法を選ぶというルールがあるそうだ。
  • そのため宇宙船をUターンして電力を過剰に使うより、月をまわって地球を目指す。また地球への帰還は、軽量化のため機械船を切り離して司令船と月面着陸船のみで操縦し、地球への突入は月面着陸船を使用するなど、緊急帰還のアイデアが次々に実行された。
  • こんな事が可能な背景には 1.良いアイデアを持つ人はだれでも(組織外の人でも)自由に発言できるし、権限も与えられる(この場合26歳の電気系統の担当者が帰還までの電気関係の権限を一任された)。2.現場で起こった不測の事態への対応、決断は現場に任せる。と言う考え方が上から下まで浸透している組織が存在する事だ。
  • こうした考えがもし東京電力のトップやミドルマネージの人達に浸透していたら、又総理官邸や保安院、安全委員会のメンバーが自分の立場や権限に捕らわれずに、現場で死に物狂いで対応している人達に決断を任せていたら、あの大津波の時の福島原発がメルトダウンを起こすような結果にはならなかったかも知れないと思うと、残念でならない。
  • 今後原発対策を検討するにあたって、こうした組織論も真剣に考えてほしい。
  • その3:ヒッグス粒子の発見
  • 2012年7月4日にCERN(ヨーロッパ合同原子核研究機構)は「ヒッグス粒子とみられる新しい粒子を発見した」と発表した。この粒子は万物に質量を与える(物の動かしにくさ)物として1964年にピーター ヒッグス教授が唱えたものだが、約50年の時を経てその存在が確実になった。
  • この大事業の舞台はスイス ジュネーブの郊外にあるLHC(大型ハドロン衝突型加速器)で、地下100メートルに山手線並みの1周27kmのトンネルを掘り、真空状態のパイプの中を電気で光速近くまで加速した粒子を正面衝突させ、新たに出てきた粒子をとらえてその性質を解析する。ヒッグス粒子は発生してもすぐ他の粒子に変化するため、その航跡を遡って理論と性質が一致しているかをチェックする。変化の方法は5種類あり現在はその2通りの検証をほぼ終わった段階だそうだ。今年の2月末までにはすべてのチェックを終える予定とのこと。
  • 現在の物理学の基礎をなす標準理論では、素粒子は17種類あり、そのうち16種類はすでに存在が確認されている。即ち①物質を形作る6種類(アップ、ダウンなど)のクオークと6種類(電子、ニュートリノなど)のレプトン、②力を伝える4種類(光子、グルーオンなど)の粒子である。
  • 又各粒子には帯びている電気の正負が反対の反粒子が存在し、更には後に述べる4種類の力の統一の理論確立には、超対称性粒子と言う粒子の自転(スピン)が零ないしは半分の素粒子の存在も提唱されている。
  • 我々の学生時代は、物質の根源は原子であり、それは原子核と周りを回る電子から構成され、原子核は更にプラスの電気を帯びた複数の陽子と中性子からできており、その周りをマイナスの電気を帯びた電子が陽子の数と同じ数で、決まった軌道を回っていると教えられた。
  • 今日では陽子は2個のアップクオークと1個のダウンクオークで構成され、中性子は1個のアップクオークと2個のダウンクオークでできている事がわかっている。
  • 又力には電磁気力、重力、強い力、弱い力の4種類あり、このうち後半の2種類は原子の内部の力なのであまりなじみがないが、力の強さから言えば電磁気力、強い力、弱い力、重力の順で、前の3種類はそれほどの差はないが、重力は電磁気力の10×マイナス36乗倍とチョー弱いんだそうだ。4種類のそれぞれの粒子をやり取りすることで力が伝わると言われるがどうもイメージしにくい。
  • すべての物質は宇宙が誕生した時には質量がなく空間を光速で飛びまわっていたが、直後に生まれたヒッグス粒子にまとわりつかれ、そのまとわれ具合が大きいものほど質量が大きいという説明だが、これも素人にはイメージしにくい概念である。
  • ヒッグス粒子はあらゆる空間に存在しており、物質存在の基礎であり現在の宇宙が存在するための大前提だから「神の粒子」とも呼ばれるそうだが、1世紀くらい前に、光の伝播の媒体として空間にエーテルが充満していると本気で考えられていた。後に実験によって否定されたが、ヒッグス粒子も今の技術では本物を見る事は絶対不可能なので、将来否定される事はないのだろうか。
  • ところでこの程度の知識は、今では高校生でも物理学の常識と言われると、「ずいぶん難しい勉強をしてるなあ」と感心する一方、知らなくても今後の生活には何の支障もないので何故勉強しなければならないのか気の毒なようにも思う。こんな研究をしている人達は頭が飛びぬけて良く、子供の頃からのロマンを追い続けている羨ましい存在と思う反面、ふつうの生活者から見ると、ちょっというより大分変わった人達かもしれないし、家庭生活はスムーズにいっているのか、首をかしげたくなる。
  • 冗談は別として今後2020年の後半には、宇宙誕生の更に深い探求やダークマター粒子の発見、他次元の存在確認などを目指して、ILC(国際リニアコライダー)の建設が計画されている。日本では九州北部の背振山地、東北の北上山地が候補に挙がっている。
  • ヒッグス粒子の提唱と発見によるノーベル賞はヒッグス博士やホイヤーCERN所長に譲る代わりに、LHCへの資材提供、研究活動、資金面で日本人の貢献度がかなり大きかったようなので、わが国の高度技術の社会基盤拡大のためにも、ILCの建設基地がどちらかに決まってくれれば大変ありがたい話だ。