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<No.34>坂の上に雲はあるか

  • 昨年の晩秋に再び紅葉狩りに京都を訪れた。時期が良かった所為もあるが、好天の下紅や黄、緑など色とりどりに埋め尽くされた景色は名状し尽くし難いものがあった。
  • 日本の紅葉は世界一だという。カナダをはじめ世界中で紅葉の見られる場所のほとんどは大陸にあるが、そこは氷河期に厚い氷に覆われ当時の紅葉も大半が絶滅し、現在は新たに育ってきた種類だけで地域を覆っているので色の変化が少ない。
  • これに対し日本は氷河期でも地理的に大陸と離れていために、氷で覆われなかったのでたくさんの種類が生き残り、その後育った新種とも混じりあって紅葉するため、眺めが他国の物と比べ断然美しいのだそうだ。
  • 春の桜にしても同様だ。国土の90%も森林でおおわれている日本はもっと林野の優美さに目を向けてもいいような気がする。その他にも我が国固有の文化は千年も前からいろんな分野で花を咲かせ、現代でもその精神が脈々と引き継がれて世界に羽ばたいているものも枚挙に暇がない。
  • ところでNHKが昨年から3年掛かりで放映している司馬遼太郎原作の「坂の上の雲」では、明治維新後西洋列強に侵略されないために国を挙げて富国強兵に努めてきた当時の状況を余すところなく描いている。この作品は私が若い頃に読んだ本の中ではとても印象に残っている1冊だが、秋山好古、真之兄弟と正岡子規の3人を中心として、当時の多くの日本人が弱小国から世界の頂上を目指して奮闘努力していく姿を、ドラマとはいえ過去の事実を描いたものであるが故に、大いに私たちのハートを揺すぶるものがあり、また多くの教訓を含んでいる。
  • 維新後30年足らずで列強の足下に迫り、当時の衰えたとはいえアジアの大国清国を破り、更に北から侵略してくるロマノフ王朝のロシア帝国と対峙し、世界の大方の予想をひっくり返して勝利を収めた事は眞に称賛に値するが、そのために挙国一致で臥薪嘗胆した苦労は筆舌に尽くし難いものがあっただろう。ただその後自信過剰になり過ぎて、神国日本は特別の存在であると錯覚し、無謀な太平洋戦争に突入して完膚なきまでたたかれ、人類最終兵器といわれる原子爆弾まで落とされて無条件降伏したことは今でも記憶に新しい。その後敗戦の荒廃からの必死の復興努力、朝鮮動乱特需、高度経済成長、そして再び経済では西洋先進諸国を凌ぐ大国になった事は我々世代としては大いに誇るべき事である。
  • しかし90年代に東西冷戦が終わって世界は変わった。時あたかも日本は経済的にアメリカや西ヨーロッパの停滞で世界の頂点を極めていたように思う。「おごれるものは久しからず」を絵に描いたようにその後の日本は凋落の一途をたどっている。
  • GDPは新興諸国にどんどん追い付き追い越され、社会保障制度は崩壊寸前、国と地方の借金は900兆円を超え今後も増え続ける見込みで空恐ろしい感じがする。それでも国家のリーダーはくだらない政争に明け暮れ、マスコミはそれを面白おかしく伝え、国民は批判をしながらも何も行動を起こそうとしない。
  • お隣の韓半島では砲弾が飛び交い一触即発の状況で、米中の大国が事態を少しでも読み誤れば、わが国も不測の事態に巻き込まれかねない状況なのに、何とも「平和ボケ」としか言いようがない。
  • すでに毎年30兆円もの赤字を国債や地方債という形で実質的に徴税されているのだから、いずれは大増税が必至だが、それがいやなら戦後のようなスーパーインフレが日本を襲う時が確実に到来して、初めて事態の深刻さを実感する事になると思うが残念な話だ。例えば日本では所得税を給与天引きという便利な制度により代行納税しているが、これを全員申告納税に替えたら税金の負担の大きさを心の底から感じるはずだ。
  • 私も会社に勤めたり企業経営していた頃は天引きされていたので、税額の大きさを数字で見てはいたものの、「まあどうせ払うのだからしょうがない。年末調整で戻ってくればうれしい。」などとバカげた理屈で納得していたものだが、会社を辞め1年後に莫大な地方税を請求され、その後も勤めていた頃より全然少ない税額を納めるのに強い抵抗感がある。だから税金の無駄使いなどの事件があると非常に腹立たしい。
  • 日本人の一人一人が同じ気持ちを共有すれば為政者や役人はもっと真剣に予算の編成や執行に取り組む事だろう。これは別に夢物語ではなく欧米先進国では当たり前に実施している制度であり、実際このくらいの不便さ不合理さは耐え忍ぶ価値が大有りだと思う。
  • 巷には日本の将来像を描きその実現の方法論を説いて大いに納得できる論文も提示されているが、時代の大転換期にあって今必要なのは、新しい時代の国家像を描きそれに向かって国民が一つに纏まるリーダーシップを発揮できる人材が求められている。明治の時代の秋山兄弟のように現代にもさまざまな分野に優れた日本人はたくさんいるが、こうした人たちの努力が報われる日は来るのだろうか。
  • 最後にこうした気持ちを踏まえ、嘗て戦国時代に足軽の倅から天下を取った豊臣秀吉の辞世の句に擬えた一句をもって結びとしたい。「花と散り 紅葉と枯れし 日本かな  過ぎし栄華も 夢のまた夢」