<No.27>トップの器量

  • 3月に日本中を興奮させたWBC(世界野球大会)が日本の2連覇でめでたく幕を閉じた。米国、キューバなど野球先進国を撃破し、また宿敵韓国とは5回戦い最後の球史に残る決勝戦をイチローの殊勲打で制した「侍ジャパン」の戦いぶりは、混迷を極める日本の多くの人々に大きな希望の灯をともすことになった。
  • 今回の勝利は、米国を頂点とする野球界の組織図が大きく変化した象徴ともいえる画期的な出来事だった。WBC に対する米国球団の腰の引けた姿勢や、地域偏り過ぎの試合方式、また投手に対する球数制限など問題は多々あるとはいえ、北京オリンピックで惨敗した日本の野球が短期間にこれほど大きな成果を揚げられた要因は、勿論現役大リーガーの参加による戦力の底上げ、プロ野球開幕前の「侍ジャパン」チーム造りにかなりの時間をかけられた事などが上げられるが、チーム結成から1月以上にわたる厳しい戦いに、チームをまとめ率いてきた原監督の卓越したリーダーシップが何と言っても大きい要因だろう。
  • オリンピックの惨敗で迷走した監督選びに降って沸いたような監督受諾ではあったが、その後の行動は実に沈着冷静で、選手を信頼した掌握術、チームワークの醸成、そしてマスコミに対する自信に満ちた発言など、国民スポーツであるがゆえの諸方面からの大きな圧力をものともしないさわやかな態度と実行力で、見事連覇を達成した偉業には誰も文句のつけようがない。
  • 翻って日本の政治経済を見ると、そのだらしなさは全く好対照である。世界経済が100年に1度の危機を迎え世界中がその対応に追われている時、わが国の政治は相変わらず衆参のねじれ国会のために大事な予算審議も思うに任せず、まして国政のリーダーシップを担うべき麻生総理大臣の支持率が早々と10%台と死に体を呈している状況で、ずるずる解散を引き延ばしているなどお話にならない。
  • 一方野党の小沢党首にも、この大事な時期に秘書の西松建設がらみの不正献金疑惑が出てきて、せっかくの民主党政権実現に暗雲が立ち込めているが、これでは選ぶ側の国民も浮かばれない。
  • 嘗て経済は1等国、政治は3等国といわれた日本が、バブル崩壊後は経済も大きく後退し、どちらも3等国の混迷状態では将来が非常に危ぶまれるが、高度成長を謳歌した我々世代が次の時代の展望をきちんと描かなかったことがこうした結果を招いたのだろう。 
  • ところで米国では初の黒人大統領が誕生し、未曾有の経済金融危機を乗り越えるために必死に努力している。まだ就任3ヶ月で果果しい成果は見られないが、世界のリーダーとして何とか非常事態を乗り越え、新しい世界秩序をつくろうとする使命感は十分伝わってくる。
  • 米国は元々自由主義経済だから、少々の経済危機は自由放任していてもアダムスミスの言う「見えざる神の手」により自然に景気は回復するとの考え方が特に共和党政権に強いそうだが、80年前のウオール街発の世界大恐慌の時はケインズの主張する「政府による需要創出」論でTVAなど大規模公共事業により不況を切り抜けた。民主党はこの流れを汲み今回も金融危機克服と経済復興のために、FRBによる金利引下げや大規模投融資および政府による膨大な財政支出を矢継ぎ早に実施している。
  • 共和党や血税を使われる国民の反対意見も強くて結果はどうなるか分からないが こうした努力をしかも短期間で積極的に推進する姿勢は大いに賞賛されてしかるべきだろう。
  • オバマ大統領が2年前に大統領選に立候補した当時、まだヒラリー・クリントンが圧倒的に優勢だったが、次第に米国民がブッシュ、クリントンの2家族に国政を20年以上も牛耳られることに嫌気を感じ、またイラク戦争の泥沼からの脱出と終盤戦の金融危機の勃発で、改めて「CHANGE」を標榜する初めての黒人大統領の誕生になったわけだが、そうかといってオバマ氏が幸運に恵まれただけではない。
  • 先日BS特集の「オバマのことば」と言う番組を見て改めて感じた事だが、彼の演説の上手さは有名になり、また演説文を下書きするコピーライターも注目されている。しかし、その内容の濃さと聴衆を惹き付ける話ぶりは、官僚の書いた原稿を棒読みする日本の大臣、議員諸氏のそれとは桁違いに優れている。自分が内容をきちんと理解し整理し更に大衆を魅惑する話術がなければ、あれほどの名演説を再三できるはずがない。
  • 「YES WE CAN」のスローガンは突然の成り行きで生まれたのではなく、周到に準備された言葉なのである。しかし言葉だけでは大統領にはなれない。器量の大きい人物がそれを巧みに使いこなしてこそ初めて人の心を掴む手段に変化するのである。
  • 日本でも国民がじっと耳目を傾ける名演説が聞かれる日の1日も早い到来を願っている。