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<No.8>オリンピックを共に喜び共に悲しもう

アテネオリンピックが近づいてきた。

古代オリンピック発祥の地で再生した近代オリンピックが約1世紀余を経て、装いも新たに多数の選手、関係者、観衆が一同に集うことはまことに喜ばしい。

選手の体力技術の向上、運営の巨大化、世界の注目度など100年前とは比較にならない程進歩したが、反面、ドーピングによる体の改造、アマチュアから金儲けを目指すプロ化の波、メディアによるショー化の推進など、クーベルタンの当初の理想(オリンピックは参加することに意義がある)とは程遠いものになってしまった。

しかもオリンピック休戦が実現していた古代と異なり、現代オリンピックはテロの最高の標的となってしまった感がある。

確かに1人の金メダリストを創りだすためには、本人の素質と努力だけでなく、優れたコーチングスタッフ、先端技術を整えた施設や機械装置、更にはスポンサーやサポーターなどの支援がなくては、現代のスポーツ界で世界の頂点を極めることは極めて難しい。

しかしそうした積み重ねによる国民の期待に反して、メダルを取れなかったときのバッシングは、無責任なるがゆえに非常に厳しく、場合によっては、選手の人生を狂わせる事もある。

又苦難と努力の末勝ち得た栄光にもかかわらず、将来の保証を得られる人はほんの一握りしかいない。競技を離れた後の転換が上手くできない人のその後の人生は哀れだ。

 

何はともあれ、オリンピックの時期は、国威が発揚し、愛国心が自然にあおられる。日本人であることを強く意識する。

自分のことのように、勝って喜び、負けて悔しがりそして口汚くののしる。終わるといつの間にか忘れてしまう。この繰り返しだが、やはり多くの日本選手が勝って感激をともにしたい。

金メダル10個、メダル総数30個を目途にがんばろう!